これからするお話は
入退院を10回以上繰り返して仕事を失くした元看護師であり
オーディションに200回以上落ちて貧乏生活を送っていた元バンドマンが
子供の頃に好きだった「絵」を仕事にして
今では愛猫と一緒に自由気ままに暮らしながら制作活動をしている
人生をあきらめなかったリアル・ストーリー です
絵を描き始めたばかりの人・これから絵を始めたい人
これからの人生について考えている人・何かを探している人
そんな方にぜひ読んで欲しいです

■↑『瞬きのあいだ』(アクリル絵の具)
振り返ってみると、いつも目指していたものがありました
それは一言で言うなら「職人」でした
仕事のプロになりたい・自立したい
人に喜んでもらえる仕事がしたい・役に立つ仕事がしたい
これまでの人生で取り組んできたことは
その夢を叶えるための挑戦でした
Contents
自己紹介
■↑『春うまれ』(アクリル絵の具)
松井京丸(まついきょうまる)
大阪生まれ、大阪在住。
8月生まれ。
子供のころから、絵や音楽、本が好きでした。
インドアですね。
絵は独学で学びました。
猫と暮らし始めて25年になります。
しゃべらない子供でした
あまりにおとなしく、あまりにも喋らない子供だったため
父が心配して、なぜか漫画を買ってきてくれました。
今思えば、 なぜ漫画?? なんですけど。
本屋さんで、小学生が好きな漫画はどれ?と聞いて、買ったそうです。

漫画家を目指す!
与えられた漫画を読んで、面白くて、静かにハマり、
それを真似して自分でも絵を描くようになりました。
次第に、漫画家を目指すまでに没頭することになります。
このへんから、「職人」願望の芽が出ていたように思います。
視力が一気に0.1に落ちるくらいのめり込みました。

選外ばかりでしたが、楽しい日々でした。
その後、漫画家にはなれませんでしたが、
漫画・アニメ・イラスト・絵画が大好きな大人になりました。

ROCKに目覚めてバンド活動に明け暮れる
漫画家を目指すのをやめたのには理由があります。
音楽に目覚めてしまったからです。
中学生の時に、仲良し女子3人でバンドを結成し、ボーカル&ベースを担当していました。
その頃から作詞作曲もするようになりました。
■↑左側でベースを弾いているのが京丸です。(画質が粗くてすみません)
高校に入ると、ハードロックに夢中になり、いくつかのバンドを掛け持ちして、音楽三昧の日々。
大学を卒業後、レディースロックバンドを結成して、ライブハウスで活動していました。
やがて本気でプロを目指して上京します。
また「職人」願望が発動です。
歌や楽器のレッスン、バンド練習、曲作り、ライブ活動、オーディションに明け暮れる毎日。
必要最低限のバイトだけをして生活していたので、ずっと貧乏でした。
オーディションを200回以上は受けましたが、すべて落ちました。
最終審査まで行くことはありましたが、デビューにはいたりませんでした。
一念発起して看護学校に入学

音楽活動に限界を感じて、一生食べていける資格を!との思いから
一念発起して看護学校に入学します。
中学生の理科から勉強しなおしました。
ここでまた「職人」願望スイッチが発動します。
めちゃくちゃ勉強して、看護学校を首席で卒業、看護師資格を取得。
年齢制限で入職資格の基準に満たなかった某大病院に、手紙で働きたい熱意をアピール。
見事、合格して、晴れて憧れの病院で看護師として働き始めます。
これからの人生、看護師として、自分と関わる全ての人の役に立てる人になろう。
そんな思いでいっぱいでした。
やっと、自立できる。
やっと「職人」になる道筋ができた。
あとは、真っすぐ精進しながら働けばいいんだ。
そう思って、必死に働きました。
絵が好きなことは相変わらずでしたので、
リハビリの必要な患者さんのために、 イラスト入りの資料 を作ったりしていました。
その患者さんに少し似せた人物を描いて、とても喜んでいただき、リハビリも励んでくださいました。
検査を嫌がる小児患者さんのために、 検査内容を紙芝居 にしてお話したりしました。
紙芝居をしながら話すことで、泣き止んでくれて、
検査をがんばってくれました。
漫画を描いていたときの時間が、とても役に立ち、すごく喜んでもらえました。
小児科にいたことがあるのですが、そこでは注射を頑張った子供たちに、
手描きイラスト入りのテープ を貼ってあげていました。
そのイラスト入りテープを自分でイラストを描いて作り置きをしておいたりして。
自分が注射をするときは、その場でペンを出してテープにイラストを描きました。

ナースステーションで先輩に呼び止められて
「松井さーん!テープにアンパンマン描いて!」
なんて頼まれることも多くて
張り切ってアンパンマンを描こうとしたら
「あ!やっぱバイキンマンにして!」
ということも、とても多くありました。

ちなみに、いつでもサッと描けるように
主要キャラクターや人気の動物たちはあらかじめ練習しておきました。
そして、わたしの左胸のポケットにはいつも油性ペンがささっていました。
しかもノック式のもので、 すぐに描けるように していました!
心身ともに病気になる

やりがいがあって楽しい時もあれば、しんどい時も当然ある仕事でしたが、
一時期、かなりブラックなところに務めていました。
まず長時間労働、超過勤務、休憩なし。
タイムカードを押してから働き続けることは当たり前で(データ上、退勤したことにするため)
日勤の午後5時退勤のはずが、午後8時になり、
少しの休憩をはさんで、午前0時からの夜勤に入る。
ほぼ寝る時間はありません。
午前0時半に退勤する準夜勤のときは
タクシー代が出ないので、仮眠室で休んで始発で帰宅したりしていました。
または、ご飯を食べたファミレスで朝まで過ごしたりもしました。
このようなことがごく普通の日常でした。
当然、 体が悲鳴をあげていました 。
さらには、特定の医師や看護師やスタッフによるパワハラがありました。
あきらかに無視をしたり、舌打ちをしたり、
壁に向かって物品を投げたり、その場にいないように扱われたり、
先輩の指示が朝言うことと、夕方言うことが変わったり。
もちろん、こんな人ばかりではありません。
良いお医者さん・看護師さんの方が多いです。
しかし、このようなことが日々じわじわと積み重なっていき、
体は鉛のように重くなり。
精神的にも追い詰められていきました。
そんな風に心身ともに弱っているうえに、
ついこないだまで笑顔で会話していた患者さんたちが
次々に亡くなっていくのを目の当たりにして、
「死ぬのは自分の方がよかったんじゃないか?」
などとぼんやり考えるようになっていました。
今、思い出すと、かなり危ない状態です。
ついに、家の玄関で座り込んで、立てなくなりました。
もう力が入りません。
もう涙も出ませんでした。
まず最初に「うつ病」と診断され、入退院を繰り返しました。
難治性ということで、数カ月にわたる長期入院もしました。
さらに「双極性障害(躁うつ病)」へと移行してしまいます。
さらにその後「がん」宣告までされてしまいました。
そこでは、入院・手術を経験します。
入退院は十数年にわたり、トータルで10回以上にもなりました。
その時、やはり、「死」や「人生」について考えざるを得ませんでした。
これからの人生を考えた
「人生の残り時間、何をしたい?」
自問自答を繰り返しました。
「猫と一緒にいること以外で、何をしておいたら、悔いなく最後をむかえられる?」
ぼんやりした頭と、重い体で、ふと気が付くと考えていました。
迷っている時間はありませんでした。
わたしは何かに迷ったり、行き詰ったときには
だいたい自分の本棚を見ています。
読書が趣味で、しかも紙の本が好きと言うこともあって、
本はたくさん持っています。
タイトルを眺めたり、手に取ってパラパラめくっていると
何か思いつくのではと思うのです。
そこで、看護師になる前に買っていた一冊の本で手が止まりました。
「脳の右側で描け」(ベティ・エドワード)という本です。
知っているという方も多いのではないでしょうか。
世界一売れている絵の描き方の本だそうです。
買った当時は、最後まで読んではいなかったのですが、
その時は強く興味を惹かれて、改めて読み始めました。
さらに、シリーズ本で、実践形式のワークブックが発売されていたので
そちらも購入し、課題に取り組み始めました。
そうしたら、 おもしろくて、楽しくて、 ちょっと病気の怖さを忘れさせてくれたのでした。
そして、手術のための入院をする前に決めました。
もう一度、絵を描こう。
大好きな猫の絵を描こう。
思う存分、描きたいだけ絵を描こう。
大好きな猫と一緒に過ごしながら、大好きな絵を描こう!!!!

いろいろな画材に挑戦

がん宣告されて、入院するころには、
病室にスケッチブックや鉛筆などの画材を持ち込んでいました。
もともと鉛筆は好きなアイテムだったので、鉛筆デッサンをやりまくりました。
そこら辺の物をひたすら描いていました。
そのうちに、色味が欲しくなってきたのと、猫の毛のふわふわ感を出したいのとで色鉛筆も使うことにしました。
そして、色鉛筆だけだと、広範囲の色塗りが大変になってきたこともあって、
ペンや顔彩、水彩絵の具も使い始めました。
もともと漫画を描いていたということもあって
ペン画には結構ハマりました。
クレパスにも挑戦したりしました。なかなか難しかったです。
上手くは描けないけれど、クレパスは今も好きです。
手に持った感触が良いんですよね~。
たまたま日本画を描いておられる方との出会いがあり(実はもともとは患者さんでした)
使用していないという日本絵の具を譲っていただき、しばらく描いていたことがあります。
日本画の良さを出すことはできていませんが、
お皿の上で、指で絵の具を溶いていき、ひたすら絵の具を重ねていくのが面白かったです。
そしてついにアクリル絵の具に出会います。

今後の画家としての展望
バンドマンとして挫折して、長年働いた看護師としての職を失い、
さらに病気を重ねてたことをきっかけに、
もう一度、自分の心と向き合いながら絵筆を取るようになりました。
おてんば猫と甘えん坊猫に囲まれて描く、癒やしのアート
やがて、自分と一緒に暮らしている猫たちが愛おしすぎて、猫の絵ばかりを描くようになりました。
描くたびに、そのしぐさや瞳の奥の優しさに、自分自身が癒されていきました。
今は、その温もりを絵に込めて、 見てくれた人にも“ほっとする瞬間”を届けたい と思っています。
私のアート活動は、愛すべき2匹の「小さな怪獣」たちとの共同作業(?)です。
- クッキー(キジ白・メス) : 超おてんば娘。絵を描いている最中に、乾いていないパレットの上をジャンプして飛び越えるスリルを毎日プレゼントしてくれます。
- シエル(白猫・オス) : 究極の甘えん坊。私が筆を持っても、絶対に膝の上からどこうとしません。
そんな賑やかで温かい日常の中で、アクリル絵の具を使い、見る人の心がホッとするような「癒やしの絵」を描いています。

アクリル・ネコでの発信活動
そして現在は、このサイト「アクリル・ネコ」の運営もしています。
絵を描きたいと思ったとき、絵の専門書を手に取ったり、絵のサイトを見たりしますよね?
そんな時、専門的すぎて「ちょっと、なに言ってるかわからない」
って、なるときがあったりしませんか?
なので、 誰が見てもわかりやすい、取り組みやすい記事を書くこと を心がけています。
元看護師だからこそ伝えたいこと
かつて看護師として働いていた私は、自身の病気療養中に絵を描くことの「癒やしの力」に救われました。
膝の上のシエルの重みを感じながら、クッキーのイタズラを回避しつつ(笑)、筆を走らせる時間は私にとってかけがえのない宝物です。
このブログでは、そんなリアルな体験を通じて、絵を描く楽しさや画材の魅力を、なるべく難しい言葉を使わずに優しくお伝えしていこうと思っています。
画家としての経歴

2019年 第52回島根県総合美術展デザイン部門 審査員特別賞 『しましまねこ』(アクリル絵の具、水性ペン)

2017年 第102回二科展デザイン部 準入選 『葉っぱの上の白猫』(色鉛筆)

2016年 第1回日美展絵画部門 入選 『アイビーとカボチャ』(鉛筆)
| メインモチーフ | 猫 |
| テーマ | 癒し、自由、解放 |
| 愛用絵の具 | アクリル絵の具(リキテックスプライム、リキテックスマーカー、ターレンス・アムステルダム) |
| 愛用画材 | 筆(インターロン、キャムロンプロ) |
「アートをもっと身近に、やさしく、楽しく!」 という思いで活動しています。 「アクリル・ネコ」では画像・動画も取り入れて やさしく、わかりやすい解説を心がけています。 これからもお役に立てるようがんばります!
松井京丸
MATSUI KYOMARU
クッキー
シエル
Ⓒアクリル・ネコ
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こんにちわ!
元看護師のアクリル画家、松井京丸です。
大阪で2匹の猫と暮らしながら、癒しと解放をテーマにした絵を描いています。